シン・ゴジラの考察〜シン・ゴジラが象徴するものとは? ※ネタバレあり

※注意※ネタバレ含みます。

今更ですが、シン・ゴジラを見た考察を書きたいと思います。

シン・ゴジラとは

2016年(平成28年)7月29日に公開された日本の特撮映画。総監督・脚本はあの「ヱヴァンゲリオン」の庵野秀明、監督・特技監督は樋口真嗣。
日本のゴジラシリーズの第29作であり「ゴジラ FINAL WARS」以来約12年ぶりのゴジラ映画である。
キャッチコピーは「現実(ニッポン)対虚構(ゴジラ)」

興行収入 82.5億円。2016年興行ランキングでは、「君の名は。」、「スターウォーズ/フォースの覚醒」に続き、3位と大ヒットしました。ゴジラシリーズでは1位の売上で、続編を望む声も根強いです。

そんなシン・ゴジラの私的考察です。

劇中の政治家のコメディは、日本の政治のパロディを思わせる

一つの事項を決めるのに何人の許可が必要なんだ?って思わずツッコミたくなる程の内閣。
何も決められないトップ、現在の日本の政府の問題点があらわになっているような気がした。

ただ人情的な部分では、政府の会議や指揮系統など震災の時もこんなのだったのかなって思って、見えなかった部分が思いもしなかった部分だったから、とてもよかった。

フィクションだろうけど、あんなふうに日本を想う政治家がいてくれたら、いるのではないかと希望が持てた。

シン・ゴジラが象徴するものとは……

「シン・ゴジラ」は、未曽有の災害の象徴だったと感じた。
劇中ではゴジラだったが、それは大震災かもしれないし、宇宙人の侵略かもしれない。いまだかつてない程、生命を脅かし人類を絶滅に追いやる“何か”が来たとき。日本はどうするのか。
それを排除するために、もしかしたら世界は日本を犠牲にして、世界を助けるかもしれない。その手段が原爆かもしれない。

私達は、日本について、日本が今後どうなっていってほしいか。どうするべきなのか。本当に考えているのかと猛省させられた。

原子力発電について、核を持つことについて、武力をもつことについて、戦争について。アメリカについて、日本について。良い・悪いを押し付けるのではなく、きちんと一人一人がどうするべきなのか、を考えなくてはいけない。
日本の未来を真剣に考えなければならないーーそう強く思いました。

でなければ、いつかこのような事態が起こったとき日本が存続できるのか不安をおぼえました。
別に日本愛が〜とかではなく、日本が存続=家族と大切な人との生活が命が守られると考えたからです。
私は、日本に原発が落とされる。これが決して、映画の中の話でありえないことだとは思えなかった。いつかくるかもしれない、最悪の未来、だと感じました。気づいたら、涙が出ていた。

シン・ゴジラの結末が意味することとは。

終盤に差し掛かりシン・ゴジラを退治?する方法を考案します。これまた日本人らしくてとても好きだ。
武力ではなく、勤勉さと繊細さで、退治する。
その方法とは、ストローで口から液体を入れ、停止させるというもの。

ーーその方法は「福島原発」を思い起こさせた。

原発にヘリコプターで水をかけている、その様のようだった。

最後、シン・ゴジラは、海に帰ることなく。東京駅の前で停止する。
決して去っていってはくれない。消えてなくなりもしない。シン・ゴジラとの戦いに終わりはこない。
ーー共存するしかない。

まさしく「福島原発」そのものではないか。

これも私たちが考えなければいけないことなんだなと感じた。

福島原発をどうしなければならないか。考えたところで意味はないかもしれないけど、どうするべきなのか。
そして、今、どのような状態なのか。今すぐ答えられる人は少ないのではないか。もちろん政府が、東京電力が何とかしなければならないとは思う。がしかし、私達一人一人も考えていかなければならないのではないか。

原子力発電を続けていくのか。どうすべきなのか。

私も答えはでていない。しかし、答えをださなけれんばならないと思う。
ここは私の国だ。私の家族や大切な人が暮らす場所なのだから。

シン・ゴジラに込められたメッセージとは。

シン・ゴジラには、今の日本の政治に無関心という危機を強く伝えていたと思う。
これは特撮映画であり怪獣映画でもあるが、私は日本人に警鐘を鳴らしているように思えてならなかった。

かっこいいゴジラをみつつ、見事に強いメッセージがこめられて作品だった。私はとても好きで、もう一度みたいと思わせる映画でした。

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